kokeshiのブログ

文章に書き慣れるための筋トレブログ。自由に好きな事かいています。

我が家のクワガタエピソード


前回に引き続き、飼ってる生き物シリーズが続いています。もういらんって方はスルーしてください。




我が家にはオオクワガタがいます。
オフィス街で一匹ぽつんと歩いている所を主人が拾ってきました。
黒くてテカテカした姿はGを連想させ、私は好きになれませんでした。

ちょうどその頃私は10年勤めた会社を辞めたり、人生について色々と考え事をしてました。
自分はすごく不器用で、人より遠回りして行くタイプです。自分の要領の悪さに嫌気がさしていました。

ある日クワガタが、プラスチックの虫カゴの格子部分にツノが挟まり身動き取れなくなっていました。触るのは嫌でしたが、軍手と割り箸を駆使して外してやりました。それをキッカケにクワガタを何気に観察する事になりました。

クワガタは木屑の中をグングン進んで一日中忙しく動いています。餌のゼリーを求めて動いているのかと思いきや、そうじゃなかったり、隙間にハマって出られなくなっていたり、無駄に危ない目にあっていたり、ひっくり返って動けなくなっていたりなどなど。人間の目には無意味な行動に全て映りましたが、クワガタはいつも一生懸命でした。そんな不器用な姿に自分と重なり「あなたもいつももがいて毎日生きているのね……」と親しみがわいてきました。
それからはクワガタに「よっちゃん」と名付けて家族の誰より大切に育てています。

幼虫から育ててクワガタを増やしたいとは思いません。よっちゃんのお嫁さんが欲しいとも思いません。私はよっちゃんが好きなんです。たまたま不器用ながら一生懸命生きていたのがクワガタだっただけです。これが違う生き物だったらそれを好きになっていたでしょう。

まさかクワガタに情がうつるなんて思いもしませんでした。よっちゃんがいつか死んだら私は間違いなく泣くと思います。戦友を失った気持ちになりそうです。



実家の猫エピソード





今回は実家の猫エピソードをお話したいと思います。この猫は姉が実家にナイショでこっそり持ち帰ってきました。

姉の会社の近所にいた野良猫二匹。オスとメスのまだ子猫の兄妹でした。もう一匹いましたが、行方がわからなくなりました。車通りの多い場所だったので、もしかしたら事故にあったかもしれないと、姉は話していました。心配になった姉は飼う事を決心。
生き物飼うのを禁止の実家に持ち帰り、しばらく自分の部屋で飼っていました。家に猫が住んでいると家族は知らず、何日間か過ごしました。

鳴き声で私、母と順番に猫の存在に気づいていきましたが、父親は全く気付かず。そう、父親は鈍感な人なので気づきませんでした。以前に私の部屋で座椅子が古いガスストーブで引火。すごい煙の中、目と喉をやられながら(こうやって煙で死ぬんか…)と、ボンヤリしていたら母親が部屋に飛び込んで、奇声と共に燃えた座椅子を洗面所に投げとばし、無事鎮火。事なきを得ました。1階にいた父親は全く気付かず。いまだにこの事実を知りません。

話が逸れました。そのぐらい鈍感な父でしたが、母親の「ちゃんと父に話しをして飼おう」と言う提案で、頑固者の父親を姉が何とか説得し、嫁に行く時に必ず2匹とも連れて行く事を条件に飼うのを許してもらいました。
3年後姉はアッサリと猫達を置いて嫁いで行く事になるなんて、この時誰も予想せず。こんな感じで猫を飼う事になりました。

名前を付けようとなって、妹猫がハマチ、兄猫がブリになりました。その前兄猫はレイナと呼ばれていました。オスなのに。顔が派手で確かに麗奈って感じでした。逆に妹猫は派手さは無くヨーダみたいな顔の猫でした。

ブリもハマチも長生きしてくれました。
ブリが先に病気になって天国へ行きましたが、ハマチはそれから8年近く生き、ついこの前老衰でこの世を去りました。20年以上生きたので、猫又になってまだまだ長生きして欲しかったです……。やっぱりまだ寂しいですね。悲しくなるので今日はこの辺で。





実家の犬エピソード



猫と犬を飼っていた時期があります。
柴犬と、猫の兄弟二匹。
今はもういませんが、それぞれのエピソードを少しお話します。

小さい頃からどんなに犬、猫を飼いたいと言っても許してくれない家でした。よく姉と捨て猫を拾ってきては、親に反対され泣きながら戻しに行ったものです。それに懲りたので捨て猫、犬に近寄らないようにしていました。

飼いたい熱がおさまり、何年かしたある日突然家に生後3ヶ月の柴犬がやってきました。
親の気まぐれで急に飼う事になったその時、私は素直に喜べませんでした。どちらかというと怒っていました。あれだけ反対していたのに今更飼うだなんて。でも目の前にいる小さくモフモフした生き物は可愛い。この犬に罪は無い。時間にしたら20秒ぐらいで私の怒りはおさまり、骨抜きにされ溺愛していました。

初めて飼った犬だったせいか、しつけがうまくいかず、とにかくよく噛む犬でした。地獄の番犬ケルベロス化した我が家の犬に家族全員噛まれました。番犬じゃなくて狂犬でしたね。
私と真ん中の姉は手足を噛まれました。上の姉は乳を。(なぜそんなところを噛まれたかはいまだに謎)1番酷かったのは母で、手を何針か縫うほどの噛まれ方をしました。父親も手足を噛まれて、さらには犬と狭い室内で追いかけっこして足を角にぶつけ骨折しました。骨折は父親の不注意で犬は悪く無いですね。

内弁慶だった我が家の犬はとにかくよく吠えました。ある日また吠えているな〜と、犬小屋を何気に見に行ったら、野良猫が小屋に図々しく入り込み住んでいました。なるほど、そりゃあ吠えますね。猫に住処を奪われるほどアカンたれな我が家の犬。その次はカラスに餌を食べられ吠えていました。完全に舐められてます。

そんな我が家の犬ですが、身体に爆弾を抱えていたみたいで、手術をして腫瘍を取り除いたらすごく温厚な犬になりました。もしかすると、訳のわからない痛みにずっとイライラし、噛んでいたのかと思うと心が痛みました。
その後5年ほどして老衰で天国に行きました。18歳でした。人年齢にしたら約90歳。頑張って長生きしてくれました。ありがとう。

次回は我が家の猫エピソードをお話ししたいと思います。

最近見た夢2

お題「最近見た夢」


話が続きになります。

「最近見た夢」から悪夢の話になり、なぜか元彼に駅のホームで、偶然あった話になりましたが、会った時の話はさほど重要では無いので割愛します。

駅のホームで会って話をした後はパタリと昔の彼は夢に登場しなくなり私の悪夢は終わりました。話をする事で私の気持ちが成仏?したのでしょうか。

前回で述べた、父親と口論しなくなった夢も、もしかすると私の中で気持ちに整理が出来て落ち着いたせいかもしれません。


最近見た夢から、今度はよく見る夢の話になります。

夢の中で布団から起き、朝ごはんを作り電車に乗って出勤する夢をよくみます。そして再び目覚めてもう一度やり直し。それをひどい時は2、3回繰り返してからやっと本番(ちゃんと本当に目覚める)に辿り着きます。起きた時の疲労感が半端ないです。これも悪夢の種類に入りますね。

こうして振り返ると私は悪夢ばかり見ているように思います。おかしいなぁと思ってよく考えると、原因はどうも枕にある様子。枕には随分昔から自分にしっくりくる物が無く、悩まされていました。半オーダーメイドの枕を1万5,000円ほど出して作りましたが、実際寝てみると悪夢を三夜連続みました。しかもその枕の名前がユー◯ピア。全然ユー◯ピアじゃない。たまたま私に合わなかっただけかもしれませんが、非常にがっかりしました。

実は枕だけで無く、マットレスも合っていないです。あれこれ試して結局1番悪夢率が低いベッドは、子ども用に購入した二段ベッドでした。私は身長が高いので半ば屈葬のようになりながら寝ています。でも悪夢を見る事無く翌朝スッキリです。

最近見た夢から悪夢の話へ、さらには自分に合う枕と布団の話まで。私には結局固めの布団が合うようです。随分長くなりましたが私の言いたかった事はどうやらこれみたいです。では、今夜も屈葬でオヤスミナサイ。



最近見た夢

お題「最近見た夢」

ブログネタが無くなって困ってました。お題スロットみたいなの無いかな〜〜?って思っていたら、何とはてなブログのお題ページに設置されている!知らなかっただけか、突然できたのかは不明です……。多分文字が小さすぎて見落としていた。

と、いうことで早速お題スロットまわしてみました。何度かまわしてこれ書けそうって思った「最近見た夢」について、書いてみたいと思います。

今朝見た夢は「自分の父親と口喧嘩をして、冷静に対応する私」というものでした。

このパターンの夢は初めてで、いつもなら父親と口喧嘩して激しくお互い罵り合う夢を見ます。そんな夢を見る時は、決まってストレスがたまっていたり、疲れたりする時にみます。

起きた時に、「あー、疲れてるんだなぁ」と気づき、寝たはずなのに疲れも取れずで辛いです。

今回は、疲れはやや感じたものの、いつもと違う目覚めでした。何か自分の力で解決したような、そんな感じでした。

変わることがないと思っていた悪夢パターンがいきなり変わったので、もしかすると今の私に変化が起きたのかな?  と思いました。

見なくなった悪夢がもう一つあります。それは昔の彼氏が登場する夢です。

どんな悪夢かと説明すると、夢の内容は至って普通です。昔の彼が私に嫌がらせをする訳でもなく、別れた日の事が再現される訳でもありません。別れてからもほぼ毎日私の夢に登場した点が辛かったです。会いたくないのに、夢の中で会ってしまう。

私は失恋した時、彼からもらったものや、思い出の品、特に写真はすべて始末します。自分の目に入らないようにして早く前を見るためにあえてそうします。なのに、毎晩夢に出てきてしまう。どんだけ好きだったの?  と思い知らされさらに凹みました。

昔の彼氏はだんだんと登場回数が減りつつあったのですが、別れて5年ほど経ったある日偶然駅のホームでその元彼に出会いました。彼は飲み過ぎて偶然一駅乗り過ごし、私はたまたまその日ベロベロに酔って何とか終電で地元の駅に着いた。お互い酔って真っ赤な顔しての再開。

この話、まだ終わりそうに無いので次回にお話ししたいと思います。

一旦休憩です。






間接キスっていつから意識しなくなった?




間接キスって言葉を久々に思い出しました。
何だかくすぐったい感じがします。

思い出したきっかけは、何度か娘に「お母さんが飲んだお茶はイヤ」と拒否され、そういえばまわし飲みして、飲み口がかぶったら間接キスといっていたなぁ……と。

間接キスの言葉自体はどうでもよくて、私は娘から自分の口を付けたお茶を拒否られた事にショックを受けていました。村長の勧める謎飲み物を拒否して飲まない、よその村からきた若者のような……、そんな感覚でした。

なんか……ちょっと違いますね。

とにかく親子だし、同性だし。息子が嫌がるならまだしもねえ。確かに自分も、父親の口がついた飲み物は抵抗あるので気持ちがわかります。でも同性の娘に拒否され、自分がバイキンになった気分で悲しかったのです。

そういえば、自分自身も小学生ぐらいまではそういったことに敏感だったように思います。例えばみんなでジュースのまわし飲み。同性なら問題なしでしたが、異性となると気になったり、周りが冷やかしたりしたような……。

いつからまわし飲みが平気になったか、記憶を辿っていくと周りに彼氏彼女が出来だした頃かな?と思います。ファーストキスを済ませた頃には間接キスがどうのこうの言わなくなったかもしれません。もしかすると娘は大切なファーストキスを守っているのでしょうか? まさか好きな男子がいて、そのために嫌がっているのかもしれません。それなら、大事に守ってあげなくては。

もしかしたら好きな男子がいるのかも説が、自分の中で浮上しました。気になったのでダイレクトに娘に聞いてみました。



私「なんでお母さんが飲んだ飲み物嫌がるん〜〜?」


娘「だって口つけたから〜〜」


私「それってなんで嫌なの〜〜?」


娘「だって汚いから」



だって汚いから。



そうですか……。お母さんはやっぱりバイキンでしたか……。
もしかしたら娘の初恋相手の話が聞けるかと思ってワクワクした気持ちは瞬時に崩れ去りました。
ちなみに息子も私が頬にキスすると、迷惑そうに頬を高速フキフキします。

結論:kokeshi母さんは子どもたちからバイキン扱い。


自分が小さい頃を振り返り育児を考える


毎日育児で悩んでます。
教える事が沢山ありすぎて、子どもにとって何が1番大切なのかわからなくなる時があります。

そんな時は自分が小学生だった頃を思い出します。もう記憶が随分薄れてきましたが、覚えている事を書いてみようと思います。

小学生の頃の私はとてもマイペースでした。(今もこれは変わらないかも……)好きな科目は国語と音楽と図工。算数が嫌い。虫食い問題が出た時に、数字を埋めずにハートやダイヤマークを記入してプリントを提出した事がありました。これで提出してなんとかしようとした自分が恐ろしい。もちろん大きなバツ印をもらいました。先生も呆れたでしょうね、マークって。
私の娘はどうでしょうか、同じく国語、音楽、図工が好き。算数はまだ苦手では無い様です。

私が算数ができなかったので、少しでも数字に慣れて欲しいと思いそろばんを習わせましたが、かけ算でつまづきやめました。
習い事をさせる時に、本人の苦手分野を補うためのものを習わせようと思っていました。でもそろばんが良い例で続きませんでした。

そういえば、私自身もなんだかよくわからない5歳ぐらいにピアノを習わされました。つまらないメロディーを弾くのは苦痛でした。練習なんてしたくないし、足で弾いてました。(お母さんごめんなさい)今思えば自分なりにピアノを楽しくしようと考えた末の足弾きピアノだったのかもしれません。かなり間違えた方向へ進んでましたね。
全く成長が見られなかったので、結局6年間近くピアノを続けたのですがが、基礎の練習曲すら完了せずバイエルで終わりました。

それを思い出して、娘には次習うものは、娘がやりたいものをやらせました。
今は習字に通っています。先生との相性も良かったせいか、順調に字も上達してきました。本人も楽しんで通っているので良かったと思います。

このようにして、何が自分に向いていて、何が1番楽しいか、どんどん好きな事をやらせて、それがどんな職業に結びつくか、早い段階で一緒に考えていけたらと思います。自分の得意分野を見つけて自信をつけさせ、自己肯定感もしっかり育ててあげたいと思います。

これらが自分の過去を振り返り考えた事です。
まだ試行錯誤中ですし、何が正解かわかりませんが、今はこの考えで育児に取り組んでいます。